職人の知恵袋

対馬との因果関係

対馬との因果関係(てっぺん鯵との出会い)

第1回目でご案内しました“田代地区”は対馬藩(宗家10万石)の領地でした。
対馬は山ばかりで平野が少なく、主食の稲作が充分に出来ず“田代地区”で「米」を作り、
呼子港より海路厳原港へ運搬しておりました。
その歴史的な史実は今も多く現存しています。
奇しくも職人(オヤジ)は対馬の出身で、
紺碧の海、常緑樹でおおわれた深い緑の山々、鮎の住む川の清流
とにかく豊かな“自然”界で獲れた「海の幸」「山の幸」の味は「舌」が覚えているので絶対に忘れない。
・・・などなど常々聞かされております。

人類は「海」「山」「川」の自然界が創り出す「食物」で生活しております。

前述の通り、田代地区(鳥栖)より、米を頂いた対馬。今(現代)は本物のおいしい海の幸を
少量でも良いので、望まれる方には供給したいとの対馬の方々、そして職人(オヤジ)の思いから
“てっぺん鯵”を流通させております。(さかえフーズ直売店では仕入れ販売しております!)

当ホームページからも、情報・販売を予定しておりますので、是非召し上がってみて下さい!!


2008.03.03 | コメントを読む (0) | トラックバックを読む (0)

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